2016

 いつにもまして年越し感と正月感がなかった。

 おばんでございます。

 最近ついったにあまりポストしていないので、適当に近況(2014年という一年)を取りまとめます。

 

◆雑事

 新宿の隠れ家的な場所、おざ研にて某文学少女の開催する読書会に一昨年から去年も参加させてもらっていました。楽しかったです。おかげさまで、今まで私の「読み終えて辛かった本ランキング」が「一位 黒死館殺人事件 二位 純粋理性批判 三位 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」であったのから、見事一位に「恋空」が君臨しました。本当にありがとうございます。(順位はそのまま繰り下げ)

 おざ研は残念ながら云々で八月になくなってしまいましたが、今も読書会は、新宿の月に吠えるとかいうバーでやっているらしいです。「らしい」というように私はまだ行ったことがない。

 

 あと去年はよく古本屋探索に行きました。昔から古本屋巡るのは好きだけども、近場にしか行かないし、出不精なせいで全く行ってなかったが、古本市、有名な古本街を回りました。個人的には、高円寺と早稲田が最高でした。人文系の専門書揃えるには個々二つを回れば困らない感じがする。あとわりと安い。店舗だけで言えば本郷の前の洋書屋が哲学書が豊富でよかった。

 

◆研究関連

 ずっと闘技的民主主義の関連をやっていてその兼ね合いでウィリアム・E・コノリーという人の研究をやってます。いつもこの話をすると「あ、生きてる人なんだ。哲学やってる人って死んだ人ばかりやってるものだと思ってた」と言われる。確かにそういう思い込みはある。

 コノリーはなんでだかわからないけど、あまり日本で研究されていない。生きていない人の研究って蓄積が大量にあって大変そうだな~とか前から思ってたけど、生きている人の研究の大変さ気付きました。基本的に海外のことばかり見なければ蓄積がないということ。それでも、英語でまだよかったと思う日々です。

 コノリーは、近代的主体批判という形で一貫はしているものの、初期である『政治理論とモダニティ』『アイデンティティ/差異』においては、批判にとどまっている。しかし、『プルーラリズム』『Neuropolitics』になると「生成の政治」と「存在の政治」という形で構築主義的な解体するだけの批判を越えて、実践的な概念を打ち出してきてるのは、変遷を追うだけでかなり面白いです。今は、私的公的の区分があんまり好きではないので、その区分に対置させる形で、その二つの概念を日常というもののなかに定位できないかな~なんてやってます。

 

◆確実に青春の一欠片を築いた元throwcurveの中村遼が新年から最高の音楽をくれた。ありがとう。

 

ナカムラリョウと前未来 | Free Listening on SoundCloud