僕らの自意識

 おばんでございます。

 ライトノベルとして軽い気持ちで書いている「僕らの自意識」の一話がやっと書けました。書き始めたものの、全く筆が進まず十話目くらい書いて、そこからまた手をつけて出来上がりました。

 というわけで、一話目 永遠なるもの です。

 是非中村一義の金字塔でも聞きながら読んでください。

 

 「時にだね君、セックスをしないか?」

 眼鏡をとってぱちりとたたんで机の上に綺麗に寝かせた後、彼女は回転椅子を軋ませながらこちらに向き直り、恥ずかしそうにだが真剣な面持ちで言った。

 「嫌だ。」

 「な、折角の女の子からの誘いというものを断るのは無粋かつ失礼ではないかね。少し品がない言い方だったのは詫びるとして…。」

 「いや君に落ち度があって別に断っているわけではないんだ。それに、もし仮にするのだとしたら眼鏡をかけて…あ、かけてみたところで今日はしないから元通りに置いてくれて構わない。とにかくだね、今日はというより前からだが、ともかく僕の自意識が許さないから駄目。」

 納得はしてないようなため息をついた彼女をよそ目に僕は座椅子に深々と座り直し読んでいた文庫本へと向き直り、彼女もまたそれにならったのかパソコンの画面と向き合いチェスを始めた。

 カチカチと響くマウスの音、忙しなく働くファンの音、軋む回転椅子、時々鼻をすする音、まだ現役で動くコンポ、ぱきぱきと午前の太陽で、目覚めるかのように身体を伸ばすこの少し古びたアパート。

 この六畳二間に引っ越してくる際にこちらに持ってきたものはたくさんある。彼女が暇な時にチェスをしたり原稿を書いたりして使っているPC機器類はそう。あと彼女がおさまっている今でこそ使い古されているが回転椅子と茶色で木目調のしっかりした机もそう。全部大学に入った時に買い揃えたもので、通販で購入したものだけれども、届いた時にはサムネイルの画像以上に見栄えが良くて喜んだのを覚えている。さらに言えば座椅子のようで回転椅子でもあるこの椅子も、そのいすがおさまる中途半端な高さのこの机を探すのに苦労したのも覚えている。PCに繋いでいるスピーカーもとい、どこにでもあるようなMDCDが再生出来るコンポは中学生の時に誕生日で何かのCDと一緒にプレゼントされた記憶がある。今日は中村一義の『金字塔』を流して、しっかりと働いてくれている。

 何やら彼女が座椅子のむこうでごそごそと動いているが、いつも勝手に唄ったり踊ったりしていることがあるからこの程度のことでは気にしない。

 今読んでいるのは籘真千歳の「スワロウテイル人工少女販売処」。人間と限りなく人間に近く造られた人口妖精による苛烈なるヒューマノイド共生SFと謳っている。新刊に備えての読みなおし。もうこれで三度程読んでいる。ここ数年のSF作品の中でもこのシリーズは屈指の素晴らしさで、伏線の設置とその鮮やかな伏線回収が際立つ。そして何より揚羽ちゃんかわいい。揚羽ちゃんがかわいい、これだけでも満足度としてはかなり高い。キャラがきちんと立っていて、プロットもしっかりしている、この二つが成り立っている作品はそう多くはない。兎にも角にも揚羽ちゃんかわ…ん?

 裸足で彼女が股間のあたりをふにふにと良い感じ指先、指の先をつかって揉んでいた。

 「っと、何をやってるんだー!」

 びっくりしてそのまま椅子ごと後ろに倒れ、文庫本は明後日の方向へ飛んでいき、頭を畳に打つ。畳とはいえ痛い。そんな僕を裸足の足裏が見下ろしている。

 「あれ、君はこういうのが好きだと思っていたのだが。」

「いやまあ嫌いではないが、強いて言うなら黒タイツを履いたままのほうが良かった…。だから履かなくていいから。とりあえず、座りなさい。」

視点と眼鏡をもとの位置に戻すと、もそもそとじゃれあうコールタールのように転がっていたタイツを履き直そうとしていた彼女はびくんとして、僕と向い合って座った。きっと僕が怒ると思っているのだろうけど、万に一つもそんなことはない。

「僕が言葉足らずなようなのが悪かったね。怒らないから少し話そうか。お茶を淹れてくるから待っててくれ。」

 立ち上がりざまにふわりと髪を撫でて、台所へ向かった。まずお湯を沸かして、ポットを出し準備をした。今日はウバにしよう、セイロンの葉だから落ち着くだろうし、ミルクに合う、何より彼女がこれを好きだ。僕自身は濃い目が好きなので、二人分より少し多く定量し、カップを温め、ポットにお湯を注いだ。煙草は…やめておこう。

 

 「とりあえず、これでも飲んで落ち着くがいい。」

 カップを差し出すと両手で受け取り、じんわりと温かみを感じつつ冷ましているようだった。もし今の彼女に獣耳がついていたら、まさにしゅんと文字通り垂れていて、それはいいなと思ったけど言葉には出さなかった。

 「ありがとう。すまなかった…。」

 「いや僕の方こそすまなかった。いつも言っていたはずだが、僕らはテレパスなどではないから、互いの気持ちなぞこれっぽっちもわからない、だからせめてもの言葉にしようと、表現できるものは表現して伝えようと。それを怠った僕も悪い。まあ、いつも考えてるのだけど、これっぽっちも気持ちがわからない、相手の気持ちなど推測の域を出ない中で、互いの中で愛情を確かめ合う手段の行き着く先が性交しかない…ことはないけど、何故それに行き着いてしまうかなって、同じくらい的確な手段がないかなと。」

 言葉を区切りちらと彼女をみた。息をカップに注ぎ波立たせては、ゆっくりと口をつけている。

 「でね、まず僕の癖としてそもそもを考えるわけだ。そもそも性交とは何かということをだ。一つ目としては生物学的に考えて、子孫を残すための行為。これは非常にわかりやすい。人間はこれに反したところがあるから面白いけど、これは置いといて二つ目。あ、これはそういう反した行為も含めるかな、避妊なんてものがあるし。ということで、さっき僕が言った愛情を確かめるための行為。そして三つ目が、これは単純明快、人間に根ざした欲求に従う行為。と以上三つの目的に根ざしている行為と考えている。そこで、話は僕に立ち返って、僕は相も変わらず中二病だ。もう大学生だって終わろうとしているのにまだ治せていない、それどころか余計に拗らせてしまっている。そんな僕はこの三つ、と言っても二番目と三番目かな、それを性交のなかに混合して見出してしまっている。それが僕の中で許せない。自意識として許せないんだ。無論、君は人類普遍にそんなことは見られるし、私自身は構わないというかもしれないが、僕は許せない。と、まあここまでわかってくれたかな?」

 幾分落ち着いた彼女は幼児のようにこくんと小さく頷いた。

 「僕は性交という行為を純粋に愛情を確かめあう行為として見れたなら、無邪気な子どものように何も知らずに出来ただろうが、実際はそうではない。自分の欲求を満たすために君を道具として利用しているかのように感じてしまうのが駄目なんだ。無論これについても君から反論があるだろうが後にしておいてくれ。ならば他の適当な女の子でも見繕って道具のように行えばいいかもしれないが、残念なことに僕自身生物学的にも人間的に考えても不能でね、全く駄目だ。試してみたことはないけどね。そんな性交という全てを相手に託す行為を、未知の相手に曝け出すなんて行為を僕は到底出来やしない。なんせ人間不信だ。それで、立ち返って君との行為に原始的欲求を見出すしかなくなった。今度はどうだ、僕の自意識が許さない。ならばしなければいい、原始的欲求なんて独りでもどうにかはなるし、他のものでもある程度代替性は利く。ならば許せない行為をする必要なんてどこにもないわけだ。ということで、これが今日のあらまし。よろしいかな?」

 また小さく頷く。カップは半分程空になっていた。少し冷めた紅茶を一気に飲み干して流しへと片付けて、彼女の反応を待った。隣のダイニングの椅子に腰掛けて今度は煙草を吸った。深く吸い、ゆっくりと吐き出す。紫煙は換気扇もつけていないから部屋の空気に身を任せてただ漂っている。

 「私は君が人間不信なのも拗らせてるのも知っているよ、何せ伊達に長く一緒にはいないからね。」

 彼女も机の対面の椅子に腰掛けて同じように一服した。紫煙が混ざりあい、滞留し、溶けていった。

 「そうだね、もうだいぶ長いからねー。僕も君をわかっているつもりでいるよ。」

 灰皿の縁に煙草を軽く当てて灰を落とす。

 「私も君をわかっているつもりでいるよ。ただそれでいいのではないだろうか。長く一緒にいるからといって完全にわかるわけではない。これだけの時間で分かり合えていたら、人類誰も困らないだろう、世界平和だ。私のあれこれは置いておくとして、簡単にそんなの構わないとも言いたいところだけど、そうではない言葉がいいみたいだね。君はその拗れた自意識とかいう原罪を背負い、背負い続ければいい。その拗らせさが君の悪いとこでもあり、良いとこでもあり、そして君自信でもある。だからこそ私はそれを赦すよ。だって、私は君が好きだからね。」

 紫煙のむこうで優しく柔らかく確かに微笑んでくれた。

 

 ―ああ、この幼稚な気持ちが、どうか、永遠でありますように―

 

 「やっぱり君には敵わないなー。大事なことを忘れていたよ。」

 「だから私たちはわかったつもりでいいのだよ。きっとずっとそのままだろうし、わからないものがある方が楽しいだろう?」

 問い掛けた言葉と吐き出した紫煙は、また混ざり合っていった